私が皇室を崇拝している3つの理由
「皇室がなくなったら、3年以内に日本から出ていきます」
というのは、私の意見。
このツイートにもあるように、私が反社会的な行為で同胞を傷つけることを踏み留まれたのは、皇室があることと無関係ではありません。私の中の権威が、無意識のうちに働いていたのだと考えています。
私は皇室を尊敬しているのですが、その理由は3つあります。
①私の信仰(神道系)に関わる理由
私はある小さな信仰集団の後継者候補です。
この信仰集団は神道系が軸になっていまして。神道の祭祀のトップが天皇家なんですね。
日本の天神地祇への祈り、おおみたから(国民)の幸せを願う祈祷を2600年続けてきた司祭の長。そんな皇室に対して、必然的に天皇家への敬意が生まれました。
②日本の国体としての皇室
日本が日本としてあるのは、皇室が存在するからです。
皇室が無くなれば、日本という存在はなくなります。日本という名前の共同体は残るのかもしれませんが、今の我々の住む日本とは、同じ名前の別物として扱われることになります。
この考え方を国体といいます。
私達日本人が幸せにベストに生きる上で、日本という国の存続は欠かせないと考えています。
そして、日本というシステム(歴史を含めた)を次世代に受け継がせようと考えた場合は、この国体としての天皇は必要不可欠なのです。
③国の滅亡を防ぎ、民に徳を教える理想の統治形態
皇室と統治機関(政府や江戸幕府など)の関係は、一種の理想の政治形態であると考えています。
それは統治機関という権力の暴走と廃頽があっても、皇室が存続すれば国は荒廃しないからです。そのため、鎌倉幕府・室町幕府・江戸幕府・明治政府・日本政府などと統治機関が変わっても、日本は日本であり続けていたのです。
また、人間が社会的な動物として理性と徳を保つには権威の存在が必要となります。(それがメンター的であれ、抑止力的であれ)
徳や知が完全に優れ、哲人王が政治を行うことを、プラトンは「哲人政治」と呼びました。哲学王とは「善を知る人」という意味でもあります。そして、哲人政治を理想の政治形態として論じています。
しかし、知に対して完全に優れる事は人間である以上不可能です。
ですが、徳という部分に関してはどうでしょうか。その点でいうと皇室派、「おおみたから」「弥栄」という考え方をもって祭祀を行い、2600年の間、国民に徳を示し続けていた歴史があります。
国民の徳の手本でもあり、皇室が言うのであればと抑止も働く。そんな存在になりました。
皇室が権威となることで、徳→皇室/知→統治機関と、哲人政治に近い統治形態になっていると考えます。
今後の政治は、各国でAIが主流となってくることでしょう。哲人政治の知に関しては、民主とAIで更に精度の高いものになっていきます。
だからこそ、徳=「善きを知る」を標榜する皇室は、貴重な存在となってくると考えています。
以上、3つの理由を書きましたが、この3つの理由に加え、皇室の2600年の歴史は非常に大切なものになります。
上の3つの皇室の要素は、「2600年やってきました」という老舗の信頼感があって、初めて正統化されていく権威なのです。ポッと「去年つくりました!」というような権威に比べれば、歴史ある権威の正統性や信頼感を実感できると思います。
古典が人類の本質を書いているため、時代の価値観の変動を超えても読み継がれていくことと同じ原理かもしれませんね。
この皇室を、我々の世代で絶やさないようにしていきたいと考えています。
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