私が政治的に保守である理由は、我々の「生きやすさ」に繋がっていくから
最初に衝撃的(?)な告白をしますと、
私は若い頃、ある右翼政治団体に送金をしていました。
19歳~20代のはじめにかけての頃だったと思います。
今はネトウヨという言葉が出ていますが、当時の私は「半ウヨ」だったのですね。
昔の私は「愛国者」「国粋主義者」だったのですが、今はある程度、その熱も小さくなってきた気がします。
これは他の人のツイートになるんですけど、この考え方にシフトしていくこと
若い頃は「国民全体を救いたい」というような想いを持っていました。
ですが、今では「自分」と「周りにいる大切な人」だけが。そういう諦めにも「明らめ」にも似た価値観で生きています。
ただ、私は今でも保守よりの意見をツイッターでまき散らしているんです。
その理由を3つにまとめると、
①幸福に生きる上で、国という存在は必要だということ
②積みあがった文化や精神、アイデンティティが必要だということ
③世界で日本、日本人が戦う上では、日本文化が差別化や独自化につながるということ
つまりは、私と、私の大切な人が幸せに生きるために、日本という国家や資産を活用していかなければいけないと考えているんです。
日本に、日本人として生まれたからには、その強みを活かして生きていきたい。そして私と大切な人が、幸せに生きていく基盤となるのが、国と社会とアイデンティ。
今の「生きにくい社会」の理由のひとつには、国や社会・アイデンティティが健全に機能していないからという側面もあるんだと思っているんですよ。
だからぶっちゃけ、特別に「日本が好き」というエモーショナルな理由ではないんですね。
功利主義というか、そういう側面があるんですよね。
だから特に自民党信者でもありません。ガチガチの国粋主義でもありません。リベラルやパヨクと呼ばれる類の人でも意見が一致なら、その部分は肯定します。保守の言論人でも間違えてると思えば批判します。
ただ、この国の体制や強みを無くしたくない。その点では、他の保守言論の方々と想いは一緒のはず。
我々個人の幸せや生きやすさを考える上で、政治や社会に関しての記事を書くことをお許しいただければと思います。
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